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2009年4月

シニアボランティア募集中

今、JICAから青年海外協力隊とシニア海外ボランティアの募集があっています。

もちろん私の場合はシニアボランティアになるのですが、ちょっと気になるのは応募者が少ないことです。

前回の募集で応募した人たちの数をチェックしてみると、

  • 案件の要請数が 339件
  • 応募数が 967件(複数件の応募が出来るので応募人数は645人)
  • 一次合格者は 586件(同上で 425人)
  • 二次合格者は たったの168人     でした。

新聞広告や電車内のぶら下げ、各自治体の市報に載せるなど、たくさん広報されているのに全国からたったの645人しか応募していません。

ハードルが高いのでしょうか?

シニアボランティアのイメージは、やはり高度な技術を持った人や専門的な実務の経験を積んだ人たちでないと務まらないというイメージを皆が持っているのではないでしょうか。

60歳前後の団塊世代で長年活躍してきた人!停年退職してブラブラしている人!停年前に会社を辞めてブラブラしている人!もう子供が大きくなって手を離れている人!熟年家出をしたい人!

今までの経験を生かして開発途上国を応援してみませんか!

ボランティアですから気楽に応募しても良いと思います。本当に高度な技術を要求するなら「専門家」が行けば良いのですから。

たまに「専門家」の要請では?と思われる案件も見かけますが・・・

試験自体はそんなに難しいことはありません。競争率も低いです。

技術審査は、個人の実務経験や技術レベルを自己申告するものです。一つ一つの専門的な職種の技術レベルをJICAが測ることは難しいと思いますので・・・

英語力の試験も難しくありません。英語の試験自体は心配しなくてもよいと思いますが、派遣されてからの活動を考えるとやはりある程度の勉強が必要でしょう。

なんといっても最大の難関は健康診断です。メタボの診断をもらっている人はあきらめてください!ピロリ菌もダメです!

ピロリ菌なんて、団塊世代のほとんどが感染しているのにと思うのですが、健康診断はとてもとても厳しいです。

逆を言うと健康体であれば大体合格するのではないでしょうか。

いずれにしても合格して派遣されたら自己責任になるようです。

ボランティアの活動内容を自分で決め、しっかりと健康管理をし、廻りの人たちと仲良くなって生活をすることが要求されています。

団塊世代!どんどん応募をしてください!

締切は5月18日です。

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ピロリ菌退治

1月にピロリ菌退治の薬を飲んでから3ヶ月目になった今日になってやっと検査を受けることができました。

結果は陰性!めでたくピロリ菌の退治ができました。

検査方法は、呼気検査でした。

  • 最初に深呼吸して袋の中に息を吹き込む、
  • そして錠剤1錠をコップ1杯の水と一緒に飲む
  • 左脇を下にして約5分間横になって安静にする、
  • その後にまた袋の中に息を吹き込む、

という検査でした。こんなもので検査が出来るのかとちょっと不安でしたが、まあ結果がOKだったので良しとしましょう。

「ピロリ菌がいなくなったら今までよりも食欲が出るので食べ過ぎに注意してくださいね」とお医者さんに言われたけど、今までも食欲がないと言う状態ではなかったのでまた食べ過ぎになりそう・・

食べ過ぎたら困るもう一つの懸案である「悪玉コレステロール」はまったく下がっていません。少しばかりの運動を始めてから3ヶ月ぐらいなのでまだ下がらないのでしょうか。

もしも下がっていたらやりたいことがあったのですが、今回は断念です。

また今年の末ごろには下がっていればと考えています。

 

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軍艦島

長崎港外にある軍艦島(端島)に上陸が出来るようになったとのニュースが新聞やテレビで紹介されていますが、

私は30数年前になりますが、この軍艦島に数回仕事で上陸したことがあります。

三菱炭鉱の宿泊所の食堂みたいなところ片隅に敷いた布団の中で、テレビから流れる当時流行っていた「昭和枯れすすき」の歌が聞こえていたのを覚えています。

当時はまだ炭鉱が稼動していた頃で、海底の下300mぐらいの坑道に電車が走っており、その電車に付いている無線機の修理の仕事で行っていました。まだ駆け出しの頃で無線機の修理がちゃんと出来たかどうかは自信がないのですが、今思えば軍艦島に上陸したことは貴重な経験だったなと思っています。

長崎港からの連絡船で、当時は浮き桟橋とかはなかったので、島の岸壁というか壁面の途中にある穴から島へ乗り移っていたような記憶があります。波のゆれで船が上下するタイミングを計って島へ飛び移っていました。岸壁の壁面に出入り口が数箇所あって潮位によって乗り降りする穴を選んでいたようです。(ひょっとしたら岸壁の出入り口は1箇所で、船の出入り口を変えていたかもしれません) 

今考えると非常に危ない話です。

海底にある坑道に降りるには大きなエレベータを利用していました。普通の人用エレベータの箱型ではなく、左右が開放された状態のエレベータでした。電車用なので足元は線路がありました。降りる時はゴツゴツの岩壁が左右に見えて迫力満点でした。

坑道内には電車が走っていました。遊園地にあるような小型の電車です。採掘した石炭の運搬や作業員の移動に利用されていました。腰につけていたヘッドランプ用の電池がやけに重かったのを思い出します。

坑道から出たら風呂場です。汚れたままで入れる風呂とその後きれいになって入る風呂がそれぞれにあったような記憶もありますが、これは定かではありません。

いずれにしても貴重な経験でした。

 

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施餓鬼会

Sn330129 今日は田舎のお寺であった施餓鬼会に参加してきました。

毎年4月の定例行事です。お寺の檀家のみんなが集まって本山から来たちょっと偉い?和尚さんのありがたいお説教を聞いたりします。

お寺の檀家総会も兼ねています。

塔婆供養もあります。檀家のみんなが塔婆1枚に1000円を出して塔婆にご先祖様などの名前を書いてもらいます。その塔婆を1枚ずつ和尚さんが丁寧に読みあげます。

読み方が面白いです。読むというよりも歌うというか、うなるというか、なかなか名調子で読んでいきます。「山のあなあな・・・」で有名だった落語家に声も顔も雰囲気もよく似ています。

圧巻なのは、やはり施餓鬼供養です。普通一人の和尚さんがお経をあげるのは聞きなれていますが、この施餓鬼の時は、近辺の同じ宗派と見られる10人以上のの和尚さんたちが一堂に集まって声をそろえてお経をあげたり、本堂内をお経をあげながらドスドスと歩き回るのをすぐそばで見ているとちょっと圧倒されます。これを堂々廻りと言うのでしょうか?

和尚さんたちが本堂内をまわっているときに気づいたのですが、和尚さんたちは畳の端を絶対踏みません。

ちなみに施餓鬼とは、読んで字のごとく飢えた鬼に食べ物を施すことです。餓鬼に施しをすれば餓鬼が極楽浄土に行けて災害を避けられるというお釈迦様の教えだそうです。

和尚さんたちが食事をする時には、お膳の片隅にご飯粒を7粒置くそうです。毎日毎回施餓鬼供養を唱えるわけにはいかないので、食事の度にお膳の片隅にご飯粒を置いて施餓鬼供養としているそうです。

南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏・・・・・・・・・

 

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心中未遂?

線路に男女 列車が通過 すき間で無事?直後に逃走

2日午後11時30分ごろ、大分市顕徳町のJR日豊線の線路に人が横たわっているのを大分発幸崎行きの普通列車(2両編成)の運転士が発見、急ブレーキをかけた。直後にもう1人が横たわり、列車は2人の上を通過して120メートル走行後に停車。2人は走って逃げたという。大分県警大分中央署は列車往来危険容疑で捜査している。

 同署とJR九州大分支社によると、現場はJR日豊線の大分‐牧間で、上野踏切から約150メートル東。運転士が約100メートル前で、男性がレールの間に横たわっているのを発見。警笛を鳴らし緊急停止しようとしたところ、約50メートル前で女性が現れ、男性の横に寝たという。乗客乗員約80人にケガはなかった。

 列車と地面の間が約40センチあり、2人はそこにいて無事だったとみられる。当時、時速40‐50キロだった。

=2009/04/04付 西日本新聞朝刊=

今日の新聞に心中未遂?記事が載っていました。男性が線路上に横になっているところに女性が追っかけて一緒に横になって・・・ 

結果は、列車下部と線路の間が空いていて助かったようです。本人たちも助かってびっくりしたのではないでしょうか。

二人は走って逃げたようですが、本当に死ぬつもりが助かったのであれば、また死ぬとかは絶対に考えずに二人一緒に生きて欲しいと思います。

それにしてもこの男性がうらやましい! どんな苦しいことがあったとしても、一緒に死のうとした女性を大切にして生き抜いてもらいたいです。

 

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日本の春です

Img_1608 今、日本は春真っ最中です。

新年度になって周辺は退職やら転勤やら卒業などと、あわただしい人もいるようですが、私や私の職場は何も変わりなく淡々と毎日を過ごしています。

今日は、日本の春の花の代表と言える「桜」と「菜の花」の写真を載せます。

桜は、鳥栖市の朝日山公園の桜です。

風がちょっと強く、桜の木の下は文字通り桜吹雪が舞っており、頭上の桜はもう満開を過ぎていましたがまだまだきれいです。

みどころ(佐賀県のホームページから転載しました)
 県東部、鳥栖市の中央にあるこの朝日山は、平野の中に孤立した独立山峰で市街地に極めて近い場所にあります。山頂からは眼下に広がる平野や、有明海を望むことができます。
また、この山頂は古代、煙を上げて太宰府との連絡網に使われた場所で、その後、朝日山城が築城され、晩年は鍋島藩の狩猟地となり、幕末の頃まで猪や鹿等が生息していた所です。
 現在は、週末になると森林浴や芝生広場でくつろぐ人々の集いの場となっています。

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そして菜の花は、筑後川(正確には支流の宝満川です)の堤防沿いで撮ってきました。

菜の花畑の中に入るとあの懐かしい独特な匂いを感じました。

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菜の花の黄色よりも、菜の花に良く似た白い花が多かったけど、何の花でしょうか?

 

あとで知ったのですが「ダイコンの花」だそうです。アブラナ科の一種で、花の形が大根に似ているからと書いてあったけど、どこが似ているのかな?

別名、「諸葛菜」(しょかっさい)とも言うそうです。      
三国志の諸葛孔明(しょかつこうめい)が出陣のさきざきでこの種子をまき、食糧となるよう栽培したことから。と書いてあります。

 


          

 

 

 

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