2009年11月11日 (水)

喪中はがき

先日、「喪中はがき」を出しました。

「喪中はがき」ってどんな場合に出すのか、どんな場合に出さないのか?皆さん結構迷ってあるのではないでしょうか?

今日のNHKラジオ相談室でも話題になっていました。その中で初めて知った興味ある話がありましたので紹介いたします。

そもそも喪中期間というのがどうして決まったかと言うと、なんと明治7年に制定された法令が元になっているそうです。もちろんこの法令はずっと昔に廃止になっていますが、そのまま喪中期間の考え方に使われているようです。

喪中期間については明治7年に大政官布告として出された服忌令(ぶっきりょう:親近者の逝去に伴い忌・喪に服す期間を定めたもの)を基準とするケースが多いようです。その服忌令によると喪中にあたる期間は実父母と夫の場合の13ヶ月が最長で、以降150日(義父母・祖父母)、90日(妻・嫡子・兄弟・曾祖父母・おじおば)、30日(異父母兄弟)、7日(孫・いとこ・おいめい)となっています。

もうひとつ、この法令によると、奥さんが亡くなった場合が90日と旦那の場合の13ヶ月と比べるとだいぶ短いのが興味深いです。

 

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2009年10月 5日 (月)

日本は貧困者が多い?

最近、「貧困」が話題になっています。日本は貧困率が先進国ではアメリカに次いで2位だそうです。

そうですかねー?

民主党の長妻さん(厚生労働大臣)が日本の貧困度を政府として調査するそうですが、どんな調査をするのでしょうか?

経済協力開発機構(OECD)の調査で、その国の平均所得の半分以下の人は貧困者(貧乏人)と位置づける相対的な統計値です。(日本は年収200万円ぐらい)

一方、途上国では一日1ドル以下の収入しか得られない人の数値などによる絶対貧困率もあります。(バングラデシュでは年収4万円ぐらい)

先進国の日本では「私たちは貧しい!」と主張している反面、バングラデシュなどの最貧国では「私たちは幸福を感じる」という幸福度が高いという傾向もあります。

民主党やマスコミが「貧困と格差」について盛んに煽っている感じです。

先進国日本では「貧困度=金持ちの不満度」かな!

こんな感じで日本国内の貧困が注目されて、途上国への経済協力ODAに対する反発が強まることが懸念されます。そうならないように!

貧困度について、以下にわかりやすい記事がありましたので無断で転載します。

貧困度を測るためには、絶対的な貧困度や相対的な貧困度の指標が取り上げられる。前者の例としては、1日1ドル以下の所得の人の比率、後者の例としては平均所得(中央値)の半分以下の所得の人(世帯)の比率などが上げられる。

 相対的貧困度の指標がOECDで算出されて日本は先進国の中でも貧困度の高い国だとされ、日本のマスコミや識者も取り上げた。社会実情データ図録でも取り上げようかと迷ったが見合わせた。相対的貧困度は貧困度の実感とどう関係するか分からなかったからである。

 貧しさの実感に沿うようなデータが見つかったので掲載する。これは、お金がなくて、食べ物や医療サービスや衣服といった生活必需品(サービス)が買えなかった経験を持つ者の比率である。これこそ貧困というものだろうという気がする。

 原資料となっているGlobal Attitudes Projectは、「44 カ国、約38,000 人を対象に、世界的に行なわれている世論調査のプロジェクト。自らの生活状況から、現在の世界情勢に対する考え方まで、あらゆる分野にわたって調査を行なっている。」(平成18年版経済財政白書)

 対象国は、日本、米国、カナダ、英国、ドイツ、フランス、イタリア、ロシア、中国、韓国、インドという主要先進国にロシア、中国、韓国、インドを加えた11カ国である。

 これを見ると日本は食料、医療、衣服を買えなかったものの比率が、それぞれ、4%、4%、5%となっており、いずれも対象国中最も低い数字となっている。このデータによれば、日本ほど貧困者の少ない国はないという判断になる。

 米国は日本より1人当たりのGDPの水準が高いにも関わらず、食料で15%、医療で26%、衣服で19%もの人がお金がなくて買えなかった経験を過去1年間に有している。「豊かさの中の貧困」という表現がまさに当てはまる。

 特に米国は、中国と並んで、食料、医療、衣服という必需品の中で医療サービスを買えなかった者の比率が食料と衣服に比べて高く、医療制度に問題があると言わざるをえない。米国人の平均寿命は先進国中では最低レベルであるが、それを別の面から裏付けるデータといって良い。米国では健康保険への加入者比率の低い地域ほど平均寿命が短いというデータがあるが、これもこの点と関連している。

 インドは途上国の代表的な結果を示していると考えられる。生活必需品を買えなかった者が4~5割に達している。

 そんなに生活困窮者が多いのかということで驚くのはロシアである。貧しさ故、食料を買えなかった人が50%いるというのは何という状況だろうか。ロシアでは平均寿命が縮まっており、最近では男の平均寿命が60歳を切っている。さぞかし大変な社会になっているのだろうと推測していたが、こういうデータを見せられると想像以上の状況であることが多少なりともうかがえる。ロシア人の心境としては、欧米先進国が環境問題や人権問題などでロシアを非難するのを聞くときれいごとを言っていると反発したくなるのではと推測される。

 

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2009年10月 4日 (日)

赤い羽根募金

隣保班から自宅に赤い羽根が配られてきました。募金のお金は隣保班の班費から支払うらしく戸別に払う必要はありません。

そして、赤い羽根と一緒に入っていたチラシを見てびっくり!

集まった募金の使い途がおかしい!!!

平成20年度の実績約1億6000万円は、年末年始の助けあいのために15%、お年寄りのために12%、障害のある方のために7%、子供たちのために13%と、全体の約50%が困っている人たちに配られているかも(かもです)しれないなと思えるけど、

あとの半分が、共同募金運動を行なうための資材作成費や広報費などの事務費23%、福祉の街づくりのために28%!!と、

なんだコリャ!!福祉の街づくりってなんだ!!

集まった募金の半分しか困っている人に渡っていないじゃないか!

あとの半分はボランティアたちの活動費や○○県共同募金会の事務費などに廻っているようだ。特殊法人ではないけど外郭団体の費用に使われているなんて信じられない!

ここにもどこかの役所から天下りがあるだろうな。国の機関からこんな田舎のとこまで!

こんな事務作業は役所自身がやるべきじゃないの!

集まった募金は、全額を困っている人たちに配るべきだ。

ボランティアの活動費は自分で払ってこそ初めてボランティアでしょ!

そして○○会なんて何だ!役所の人間の天下り先か!

昨夜のNHKニュースでも「貧困と格差」とか言っていたけど、日本にもそんなものがあるの?

特殊な家庭事情をあたかも国内問題のように、マスコミが世間を煽っているのも問題です。海外の途上国にある「貧困と格差」とを混同したら困ります!

途上国へ支援するODAにも卒業国があるように、この募金事業も卒業(廃止)したら良さそうです。

 

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2009年10月 3日 (土)

佐伯寿司

Img_0062大分県の南端、佐伯市へ行ってきました。

2泊3日の日程の中、ちょうど最終日に都合良くと言うか示し合わせたように昼食時に佐伯市内の中心部にいたので、かねてからいつか食べてみたいと思っていた「佐伯寿司」の店へ行きました。

ネタがものすごく大きいことで有名な「佐伯寿司」です。そして店も市内で一番有名な店だそうです。

メニューは「上にぎり」! 値段は2100円!

ネタは、イカ、えび、鯛、マグロなど新鮮なものばかり。

昼時のちょっと早い時間だったのでまだ空いていました。12時過ぎるとお客でいっぱいになり車の置くところもないそうです。

仕事中の昼飯には高級すぎるけど、たまには良いでしょう。

食べてみて、当然ネタは新鮮!おいしい!

Img_0065 無理やり一口に入れてみたら、口の中がいっぱい!噛むにも噛めない!のみ込むにも大きすぎて、出すわけには行かずちょっとあわてたけど、もぐもぐしながらなんとかのみ込みました。1個だけだけどしっかり味わえずのみ込んでしまったのでもったいなかったとあとで反省。

その後は、半分ぐらいずつを口に入れてしっかり味わって食べました。イカは最初から半分に切ってあったので、たぶん誰かが一口に入れてのみ込めず、大騒ぎになったのかなと想像しました。

おいしかったです!!

 

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2009年9月30日 (水)

九大とバングラ(2)

九州大学がバングラデシュのグラミン銀行と連携して開発している電子通帳が今盛んに注目されています。最近では、NHKテレビでも2回ほど放送されたのを見かけました。

以前に地元の西日本新聞で紹介された写真の実験機みたいな端末機から比べて、今テレビで見る端末機は実用性に近づいているなと感じられます。これなら使えるのかな!

でも、いまだに納得できないのが、なんで端末に太陽光電池を使わなきゃいけないのか? 

預金データや借金データを端末に保存するのかな?

電力が不安定で停電が多いからと言って太陽光を使うのは解せない。バングラデシュ国内でたくさん普及している携帯電話は太陽光電池ではなく充電式だと思う。携帯電話が充電式ならこの端末機も充電式でよいのではないか。

そして、わざわざ新しい端末機を作らなくても携帯電話機にその機能を持たせればよいのではないかとも思う。

また、ITを使った機械ではなく、普通の紙の通帳でもよさそうだけど・・・

この開発について、もう少し私も注目していきたいです。

 

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2009年9月 5日 (土)

甘木のスイゼンジノリ

20090819_img_0505_1_2 以前から気になっていたスイゼンジノリの世界で唯一?生育地である福岡県甘木の黄金川を先日訪ねました。

元祖スイゼンジノリの自生地であった熊本県水前寺では、ほぼ絶滅したと言われ、今は上江津湖の一角に厳重なフェンスに囲まれて細々と生育?しています。絶滅したと言われているのでフェンスの中にスイゼンジノリが育っているかどうかは定かでありません。

20090819_img_0509_1_2 一方、福岡県朝倉市甘木の黄金川では、自生ではなく商業用に養殖をしています。ここも上流のダム建設の影響を受けたのか地下からの湧き水が少なくなり養殖もままならないようです。地下水をポンプで汲み上げて川に流しているようでした。

養殖場の中に勝手に入り込み、水面を見てもどれがスイゼンジノリやらさっぱりわかりません。料亭などの高級料理に使われているそうで私には縁のないものです。

熊本水前寺と福岡黄金川の共通点は、水がきれい、湧き水が出る、流れが急でないというところかな・・・

20090819_img_0537_1_2 道路わきには販売店が向かい合って2軒ありましたが、買うお金も気持ちもなかったので外から写真だけを撮って帰りました。

以下はWikipediaからの転載です

宝暦13年(1763年)遠藤幸左衛門が筑前の領地の川(現朝倉市屋永)に生育している藻に気づき「川苔」と名付け、この頃から食用とされるようになった。1781年~1789年頃には、遠藤喜三衛門が乾燥して板状にする加工法を開発した。寛政5年(1792年)に商品化され、弾力があり珍味として喜ばれ「水前寺苔」、「寿泉苔」、「紫金苔」、「川茸」などの名前で、地方特産の珍味として将軍家への献上品とされていた。現在も比較的高級な日本料理の材料として使用される。

養殖が試みられているがその生育にはミネラルを含んだ貧栄養の綺麗な1820度の水やゆるやかな流速等の条件が複合的に絡み、ゴミや木の葉等が混入すると売り物にならないなど、養殖は至難の業と言われる。

九州東海大学の椛田聖孝教授の報告書によれば熊本市の上江津湖にある国指定天然記念物の「スイゼンジノリ発生地」では平成9年(1997年)以降、水質の悪化と水量の減少でスイゼンジノリはほぼ絶滅したと分析されている。復活させるには保護区内に井戸を掘り、水量を確保する必要がある。現在では甘木産のものが唯一商品として流通している。

 

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2009年8月29日 (土)

秋月城

20090819_img_0454_1 福岡県朝倉市(旧甘木市)から山手に入ったところに秋月の城下町があります。山あいの地区に町並み、町家など昔の風情がまだたくさん残っています。

仕事の合い間に、ちょっとばかりそこの秋月城跡を訪ねました。

秋月城は、古くは秋月家のお城でありましたが、豊臣秀吉の九州征伐の戦に破れて宮崎の高鍋藩に移封されています。その後、江戸時代になってから福岡藩黒田家の陣屋になったようです。今残っているのは、ほとんどが黒田家時代の建物と資料のようです。

20090819_img_0478_1 明治維新の後に各地で勃発した新政府への反乱の一つ「秋月の乱」で、ちょっとばかり記憶の片隅にあるかと思います。当時の貴重な資料、記録が秋月郷土美術館にたくさん残っています。

ちょうど、大切なお客さんなのか十数人の団体の人たちに案内の人が説明をしていました。「今日は皆様が来られるので、普通はレプリカを展示していますが、今日は特別に本物の資料を展示していますので、じっくりご覧ください。」と言っていました。

ついでに私も本物を見せてもらったことになります。

秋月城の付近は、平日であったせいか、訪れる人も少なく静かな場所です。城(母屋)自体はもうないのですが、石垣と城門などが当時の風情を感じさせられます。

もう一度またゆっくり見たいところです。次はレプリカの資料を・・・

20090819_img_0483_1  20090819_img_0484_1

 

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2009年8月 9日 (日)

松島瑞巌寺

20090803_img_0211_1 松島海岸のそばに、国宝の「瑞巌寺」があります。正式な名称は、臨済宗妙心寺派の「松島青龍山瑞巌円福禅寺」。

あいにく9月からの保存修理の準備とかで部分的に覆いがかぶさっています。

伊達政宗公が現在の立派な伽藍を完成させたという事をしっかり頭に入れて帰ってきたのですが、あとでパンフレットを読むと、平安時代に偉いお坊さんが天台宗のお寺として開いたことを知りました。その人は平泉の中尊寺など東北の大きなお寺も開いた偉いお坊さんと知りました。

20090803_img_0254_1_2 東北、特に宮城県では、やはり伊達政宗を中心に話が出来ているようです。翌日の仙台市内も伊達政宗ゆかりの場所ばかりでした。

松島の瑞巌寺、平泉の毛越寺と中尊寺 、山寺の立石寺は、いずれも平安時代に慈覚大師円仁(794~864)が開いた古刹です。
円仁は、栃木県の人。9歳で仏門に入り、比叡山延暦寺の最澄の弟子となりました。
835年には遣唐使とともに入唐し、天台宗の霊山の一つである五台山大華厳寺、長安の青竜寺などで天台密教の秘法などを得て帰国。
第三代天台座長となると、弟子の育成、天台宗の普及、比叡山延暦寺の躍進に尽くし、死後、慈覚大師の謚号(しごう)を贈られたのです。

参道の戻り道のはるかかなたに山門が見えますが、その山門を額縁にして見事な松島の景色が見えるとの事でしたが、この日は曇り空、そして今は国道の車がたくさん通って昔の風情は感じられません。

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境内の片隅には、たくさんの日本全国各地から来たお坊さんたちがこの瑞巌寺に修業?した洞窟と石仏がたくさんありました。

大分県臼杵の石仏群に似ているなと感じました。臼杵も阿蘇山の火山岩が積もって出来た地質で、松島の地質も同じだなと

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2009年8月 8日 (土)

松島遊覧

20090803_img_0153_1今回旅行の主目的の一つである松島海岸へやってきました。

塩竈神社のある塩釜港から遊覧船に乗って松島の島々の間を縫って、五大堂そば松島海岸までを遊覧船に乗って小1時間ぐらいで巡ります。

どの遊覧船の廻りも、たくさんのかもめがついてきています。誰かが餌をやっているのでしょう。

あいにくどんよりとした曇り空で、素晴らしい景色と感じるには無理な天候で、20090803_img_0200_1ちょっと残念!

松島湾の島々は、火山灰や火山礫岩などで出来ており波などで侵食が激しいようです。海面付近は白い岩肌がむき出しで、島頂上は松の木が生い茂る島々です。島の形も波の浸食で奇岩がたくさん、いろいろな形の島が見れます。

20090803_img_0278_1ちなみに奥の細道の松尾芭蕉さんも塩釜から松島港へ船で渡ったと言われています。

あの有名な句「松島やああ松島や松島や」は、元の句が「松島やさて松島や松島や」が元になったもので、松尾 芭蕉の作ではないそうです。

 

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2009年8月 3日 (月)

塩釜 塩竈 しおがま???

20090803_img_0117 松島の遊覧船が出発する塩竈市塩釜港に「しおがま神社」を見物しました。

神社は名前の通り、昔から塩造りが盛んだったようで塩を煮立てる赤錆びた塩釜などが飾られています。

なんと言っても「しおがま」の漢字文字に目を惹かれました。市の名前は「塩竈市」、神社は「??神社」パソコンの文字では書けないので写真を見てください。

看板を書く人も大変だろうな!

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